近代美術の不可思議、‘キュビズム’を分析

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そもそもの意味

理解するための第一歩

始まりにしても、作品にしても、色々な意味で前途多難な歴史の幕開けとなったキュビズムだが、そもそも絵画としてはどう捉えるべきなのかを考えたい。それこそが一番知りたいところだと思っている人もいるだろう。ピカソやブラックを初めとするキュビズム芸術を生み出した芸術家達がどうして評価されているのか理解できないと、そう感じている人は現代でも少なくないと思う。評価される一面もあれば、同時にそれは批判される宿命を背負っているのもある種因果となっている。

作品を見てもそれがどういうものなのか理解出来ないという人もいるだろう、理解されにくい作品としても分類されやすいため、ピカソ本人の才能が認められても、作品だけは受け付けられないという人が出てきてもおかしくはない。そんな人達に紹介するキュビズムを一言で理解するため、こんな言葉を持ちいている人もいる。

・分析的観測により対象を分解する

これでも言い射ていないのではないかと思う人が出るかもしれないが、もはやそういった細かい問題を取り上げているとキリがないので話を進めていこう。

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セザンヌが用いた絵画センスとは違う系統

キュビズムという芸術分野を理解するためには、その原点を知る必要がある。元となった流れを読み解くことによって難題なキュビズムを少しでも受け入れられるようにするための方法としては、まだ入りやすい。何処がそもそもの大元なのかだが、それは先に話した近代絵画の父であるポール・セザンヌ、彼のことを知るところから始まる。

近代絵画の父などと呼ばれるほど有名なセザンヌは、ポスト印象派の画家として多くの芸術家達に影響を及ぼした。それはキュビズムを生み出したピカソとブラック、その二人も例外ではない。またセザンヌという画家が存在していたからこそ、キュビズムも誕生したといえば少しは興味も沸いてくるだろう。キュビズムとはそんなセザンヌが作り出した芸術を原点とし、作品の感性についてピカソ達のオリジナルとなっている。制作に際してはセザンヌの価値観を元にしながらも、そこからさらに多角的視点のアイデアによって発展したものとなっている。

そう、キュビズムとはピカソとブラックが作り出した芸術だが、そんな彼らの技術を生み出す要因となったのはまさしくセザンヌであり、彼のやり方が後々悪名高いとまでいわれるキュビズムを創り出す技術の原点となっているわけだ。2人はセザンヌが絵画制作に際しての視点だけに捉われる事無く、そこからさらに多方面へと発展できるようにと、その手法を極めたことによって、後の歴史に語られる作品を何作品と生み出していった。

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キュビズムによる作品表現

そんなキュビズムという芸術観をさらに深く知るためには、作品を見てもらった方が早い、ということでもない。見たところで本質を察することが出来る人はどんなに大まかに見積もっても、100人に1人いれば上出来だ。現実、つまり三次元に存在している物体をそのままキャンバスに記すとした場合、おそらくそのままの形で『透写』という手法を取る人が多いはず。これをキュビズム的にキャンバスに描くとなったら、盤面には元の形が辛うじて視認することが出来るものの、大半のパーツが分解されてしまう。

作品によって傾向こそ異なるが、それでも共通しているのは全体がそれぞれバランスよく分解されていること、そのためであればディティールに関しては犠牲にしても構わないとする視点も存在しているのだ。これは作品を生み出す中で分解して単純にする過程において為される技法となっており、分解されて物として単純化されながらも全体的に独特な雰囲気を演出することに成功している。

ただこれだとほとんどの人が、どうしてこんな作品が素晴らしいのだろうと評価されているのか理解できない、なんて人も少なくない。実際筆者も幼少時にキュビズムという言葉こと知らなかったが、ピカソの作品を見たときは、落書きと思ったほどだ。今となっては畏れ多いことをいっていたものだと感じるが、それもやはりキュビズムを用いてピカソとブラック、それに続くように作り手達の思いを知らなかったからだ。ではキュビズムとは一体どうしてこんな技術体系となっているのかを見てみよう。