近代美術の不可思議、‘キュビズム’を分析

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あり方を疑問視した絵画運動

キュビズムを明確に否定したピュリスム

キュビズムによって生み出されたのは肯定的な価値観だけではなく、否定的な価値観も当然生まれることとなった。ピカソにしても、ブラックにしても、その点については了承していたと思う、それでも彼らは自信が表現する手段としてキュビスムを研究し続けていったと見れば、そこにはただ無秩序かつ、あまりに難関な作品ばかり制作していた中に一定の意味を持つものを創り上げていたといえる。それに対してオルフィスという芸術運動については、運動に参加している芸術家全員の作風に共通性が見られないという、あまりに逸脱したテーマが用いられているため、運動そのものが評価されたとは言いがたい結果に終わっている。

それを考えればレジェは成功者であり、彼はキュビズムを通して独自の作風を獲得することに成功したことで一定の支持を得られるようになる。そんなレジェがチュビスムを始点として、その後に創られる作品の傾向がとても似ていると言われている美術思想に、『ピュリスト』、すなわち『純粋主義』というものがある。これは一重に、キュビズムに対して否定的な価値観を真正面からぶつけることになる思想となっている。

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絵画は機能性に純化されるべし

純粋主義というキュビズムを否定する絵画運動を展開していた中心人物には、『シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ』と『アメデエ・オザンファン』という2人の芸術家が立ち上げたものとなっている。彼らによると、当時謳われていたキュビスムは既に本来の意味から外れた、主観主義に捉われていると主張した。それを打開するため、彼らを始めとした純粋主義者達は絵画とは、機能性を純化することにより、その価値を高められるとしてその独自思想を展開するようになる。ここまで見ればどこぞのカルト教団を思わせる内容だが、彼らにしてみれば純粋に絵画とは主観的なものの見方で描いた独善的なものではなく、絵画によってもたらされる機能を存分に生かしたものであるべきだということを言いたかったのかもしれない。

筆者的には絵画の機能を純化するという言葉に、どことなく理由を求めたいところだが、それを知る人間は本当の意味でもう存在していないと見るべきだろう。ただ1つ、その思想を元にして考えられるのは、前述でも軽く述べたレジェがこの主義に近い作品を作り出しているということだ。レジェと純粋主義とはどのような関係にあるのかだが、それは彼がチュビスムではなく、自身の独創性を獲得した結果を得た後に描かれた作品から読み取れる。

中心メンバーと知り合いだった

レジェと純粋主義との関係を調べていくと、その中で分かるのは中心人物であり、後に『ル・コルビュジエ』と名乗っているC=E・ジャンヌレとレジェが知り合ったことが影響している。純粋主義と呼ばれる作品は単純明快でありながら精密で、幾何学的な空間性を特徴としたものとなっている。これが具体的に何を意味しているか、それは『機械』だ。これは具体的にレジェが作り出した作品に影響されているところがある。レジェは第一次世界大戦に従軍しており、その中で彼は戦争中に使用される兵器に多大な関心を持つことになる。それは後に彼の作品が人間や現代で主流となって行く機械を中心とした作品が多く描かれる事になる。

そうした作品作りをして行くレジェに影響されるように、ジャンヌレもまた彼が求める形を追い求めることになるが、それを教義として見れば純粋主義から逸脱することになって行く。

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純粋主義の影響

純粋主義、ピュリスムもまた絵画運動としては短命に属しており、それが歴史的に見ても評価対象として当時は度外視されていた。ただジャンヌレが建築家としてその名を発揮することになると、改めて純粋主義についても見直されることになり、彼が世界に見初められるようになると純粋主義はその価値を遂に認められるようになった。オルフィスムと比べれば十分すぎる結末といえる、結果として純粋主義は抽象絵画などの分野においても影響力を伸ばすこととなるが、ジャンヌレとオザファンの2人にしても彼らが後に生み出す作品は明暗を分けることとなる。オザファンはやがて芸術家としては個性が失われてしまい、その後は教育者としての道を歩むことになる。日本においても彼の作品はまったくといっていいほど紹介されていないため、彼の作品を見れたらある種運が良かったといえる。

1人は建築家として成功を果たし、1人は芸術家ではない別の道を歩き出すこととなった。それもこれも純粋主義とは技術的な面ではなく、一般的な理論を展開して美術概要を説明する手法の特化していたためだ。だからこその分かれ道だったかもしれないが、やはり共通性さえ失われて迷走したオルフィスと比べればマシだろう。